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2009-08-08

坪井直さん

8/6は広島に原爆が投下された日で、平和公園で平和祈念式典が行われます。
今年はちょうど被爆者救済の裁判や救済宣言が重なっていて、全国版のニュースでもかなり取り上げられていました。

夜、ニュースで記念式典等の映像を見ていると
調印式で麻生総理の隣でサインしている人になんか見覚えが・・・・

あれっ?
中学の数学の坪井先生じゃない??

よーく見てみるとやっぱりそうでした。ネットで調べてみても間違いない。
なんと!ご存命でしたか!(失礼ながら・・・今84歳くらい?)

坪井先生は数学教師で、他校で校長を務め退職し、その後私が通っていた中学校で数学の講師をしていました。
数学の授業中に被爆体験をよく聞かせてくれました。
その被爆体験は印象的で忘れ難く、この時期になると先生の事を思い出していました。

坪井先生は今、日本原水爆被害者団体協議会代表委員で、広島県原水爆被害者団体協議会理事長をされているそうです。
総理の隣の席で調印したり、理事長としてワシントンに行ってたり・・・驚きです。
夫とニュースを見てる最中に気づいたので夫に話したのですが、夫も驚いていました。

中学生の時に坪井先生が聞かせてくれた話で覚えているのが・・・

当時は大学生で、8/6の朝、朝食を定食屋に食べに行った。当時定食屋は配給されたチケットで利用できた(大学生の特権?)
戦時中なので朝食は少なめだったが、定食屋で一緒になった後輩がチケットを奢ってくれ二食食べた。
後輩に(今後の食事は)大丈夫かと聞いたら「なんとかなりますよ」と返事が来た。いい後輩だった。
定食屋を出て間もなく原爆が落ち被爆した。
その後後輩を見かけることは無かったので、おそらく亡くなったのであろう。
自分は運よく助かったが、周りには苦しんでいる人が大勢居て助けてほしいと懇願されたが助けることができず、今でもその様子を思い出す・・・・という話です。


坪井先生は顔や腕に大やけどを負いました。
実際先生の耳は頭に張り付いている状態でした。
怪我のあとや被爆体験などを隠すことなく授業中に話してくれていました。
その後色々な活動をし、原爆症認定集団訴訟に取り組んでいたそうです。
今回の調印で全面解決に向かっているそうで、舛添厚労相と握手し満面の笑顔な坪井先生の映像も見ることができました。
凄い人に数学を教えてもらっていたんだなぁ~と思いました。
教師をしていたので坪井先生のことを覚えている人は大勢居るはずで、多くの人が驚いていると思います。

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cafe hiro

Author:cafe hiro
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広島市在住
夫と二人暮らしの
30代前半主婦です。

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